生活

苦悩の原因は自分なのか?

人生には「どうして僕にこんなことが起きるのか…?」と思わずにはいられない、理不尽なことが起こることがあります。

また、頑張っているつもりでも何故か思うような結果が出ないこともあります。

そんな時、人はどうやってその苦悩の時期を乗り越えていけばいいのでしょうか?

キリスト教的な罪と罰の因果関係に縛られている人は多い

何かしら「上手くいかないこと」があった時に、人はその原因について考え始めます。

たまたま状況が良くなかったのか?

自分のやり方が間違っていたのか?

たまたま状況が悪かったせいにすることは自分の気持ち的にも楽なものです。

ただし何でも状況のせいにしていると、今後ずっと使える生きた知識や教訓とはなりません。

大抵の人には「人は成長しなければならない」という刷り込み(あえてそう表現しますが)があるので、そんな楽な考え方よりも“建設的”な考えに重きを置くようになります。

これが「原因があるから結果がある」という考え方です。

キリスト教徒の人の中には、自分の子供が病気や事故で死んでしまった時に「自分が断食を守らなかったせいだ」と思い込んでしまう人がいるそうです。

つまり「悪いことをした人には、当然の報いとして神が罰を与える」という考え方です。

一見日本人には馴染みのなさそうなキリスト教的な考え方に思えますが、これは本当に特定の宗教だけの考え方でしょうか?

よくよく考えてみると、僕たちも同じような考え方に囚われていませんか?

因果応報という考え方

キリスト教の「神の裁き」ではありませんが、日本にも「因果応報」という考え方があります。

元々は仏教用語なのですが、「良いことをすれば良い報いがあり、悪いことをすれば悪い報いがある」という考え方です。

確かにこれは、ある側面から見れば合理的な考え方のように思えますし、モラル的にも推奨されやすいものです。

ただし、言い方を変えれば「何事も自己責任」とも言えてしまうこの考え方は、「悪いこともすべて自分に原因がある」という意味も内包しています。

理由がないこともあると理解する

問題によっては「その原因は自分にあるのか?それとも外にあるのか?」を客観的に判断するのが難しいこともあります。

そんな時、「自分が至らないからだ」と認めることは、さらに自分を成長させるために必要な反省点にもなり得ます。

ただ、あまりに問題が複雑だったり運の要素が絡みやすい問題の原因を、すべて自分で背負い込んでしまうと、最悪自分が潰れてしまう可能性があります。

例えば就職活動の面接で50社も60社も受けて落とされ続ける人がいたとします。

大抵の人は「ある程度の数を受ければ自分を評価してくれる会社もあるはずだ」という「一般論」としてはさほど間違っていない考えを持ってしまっているため、何十社も落とされ続ける人を見ると「何かしら原因があるはずだ」と思い込んでしまいます。

40歳や50歳になって一度も結婚することができない人を見ると「何か性格に問題があるんじゃないか」と邪推してしまうのにも似ています。

でも本当にそうでしょうか?

僕は声を大にして言いたい。

一般的に「合理的じゃない」と言われても、「向上心がない」と言われても、

「起こったことに理由がないことなんて、いくらでもある」

と。

自己責任論は苦悩のレベルによっては危険

問題の原因を自分だと認識して何か解決策を探る方法は、人間が成長していく上で必要なプロセスでもあります。

ただし大きな、なかなか打開できない問題に直面している時に、すべて「自分が原因だ」と思い込んでしまうと、自己嫌悪になってしまったり問題の大きさに耐えきれずに自分が潰されてしまう危険性もあることは、認識しておいたほうが良いと思います。

自分に問題があると認識することは謙虚で建設的な考え方ですが、度を超えた自己責任論や罪悪感は、私たちの自尊心を奪い去り、活力を奪ってしまいます。

自尊心を第一に

特に人間関係の問題においては、はっきり言って「自分がもっと良くなりさえすれば問題が全部解決する」という確証はありません。

相手は人間だし、人や状況が少しでも変わればベストな対応も変わるからです。

僕がオススメしたいのは「自尊心を大事に」ということです。

人生で人が直面することは理にかなったことばかりではありません。特に人間相手だと、めちゃくちゃ不条理なこともたくさん突きつけられます。

もし自分の中の優先順位が「自分の欠点の向上>自尊心を保つ」だったら、理不尽な状況に出くわした時に一気に心を叩き潰されてしまいます。

優先順位を「自尊心を保つ>自分の欠点の向上」としておけば、少なくとも自尊心を粉々にされることはないですし、ある種のふてぶてしさを持ってしまったとしても、それがメリットになる場合もあります。

自分の人生は自分が主人公

当たり前の話ですが、自分の人生において一番大事なのは自分自身です。

人生で「他者」はなくてはならないものですが、最終的に本当に幸せにならないといけないのはあなた自身です。

自分と他人というのは車の両輪のようなもので、どちらかが潰れてしまって良いというものではないのです。

ただ、間違いなく替えがきかないのは「自分」です。

他人を蔑ろにしろというわけではないですが、どんなに自分優先に振舞っても、絶対に一人ぼっちになってしまうこということはないのです。

「自分らしく」を徹底し、その上で周りに残ってくれる人を大事にするという選択肢もあるということは覚えておいてください。

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